大判例

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大分地方裁判所 昭和61年(ワ)190号 判決

大分市金池町三丁目五番二号

原告

松村祐男

右訴訟代理人弁護士

徳田靖之

工藤隆

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右指定代理人

田邊哲夫

末廣成文

早田憲次

松村香

吉武雅裕

上園博幸

西山俊三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金五〇万円及びこれに対する昭和五七年一二月一日より支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  更正処分等の存在

(一) 原告は、産婦人科の診療所を営む医師であり、昭和五二年ないし昭和五四年分所得税の申告(青色申告)を別表(一)のとおり、法定申告期限までに行つた。

さらに、原告は昭和五五年一〇月六日、右につき別表(二)のとおり修正申告をした。

(二) 大分税務署長は、同年一二月一五日、別表(三)のとおり、原告に対し昭和五二年ないし昭和五四年分の所得税更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、併わせて「本件更正処分」という。)をした。

2  再更正処分に至る経過

(一) 原告は昭和五六年一月二〇日、本件更正処分について異議申立てをしたが、棄却された。その後、同年五月六日熊本国税不服審判所に審査請求をしたが、昭和五七年六月二八日にこれも棄却された(その裁決の謄本は同年八月三日原告に送達された)ので、同年一〇月二六日、大分税務署長を被告として、大分地方裁判所に更正処分等取消請求訴訟(同裁判所昭和五七年(行ワ)第一三号。以下、「別件訴訟」という。)を提起した。

(二) すると大分税務署長は、同年一一月二二日付で別表(四)のとおり、本件更正処分を一部減額する再更正処分(以下、「本件減額再更正処分」という。)をした。

3  本件更正処分の違法

本件更正処分は、当時の租税特別措置法(以下、「措置法」という。)三七条の誤つた解釈を前提にしてなされたものであつて違法である。その詳細は以下のとおりである。

(一) 原告は、昭和五〇年に福岡市内に有していた事業用資産(土地)を金四二一八万六六九四円(但し、うち金七〇万一四三〇円は譲渡費用)で売却し、昭和五〇年分の所得税の確定申告に際して、右譲渡について措置法三七条所定の課税の特例を受けたい旨の「買換え承認申請書」及び一年以内に買換資産を取得することができない事情を記載した「取得期間の特例申請書」を提出して、その承諾を得た。

(二) 原告は、昭和五二年に大分市金池町三丁目二七四九番地一〇、一一に存した鉄筋コンクリート造陸屋根四階建の建物を一部取り壊して増改築を行い、五階建の診療所兼居宅(以下、「本件建物」という。)とした。この工事は取壊し費用を含めて総工事資金一億四二五〇万円を要した。

(三) 原告は、右工事代金調達のため、前記事業用資金(土地)の譲渡代金のほかに、医療金融公庫から金六六〇〇万円、大分銀行から金五三〇〇万円を借り受けた。

(四) 原告は、次の主張を前提に、前記のとおり昭和五二年分ないし昭和五四年分の所得税の修正申告をした。

(1) 原告は、前記譲渡代金及び借入金を別表(五)のとおり使用した。なお、建物取得費(総工事費)のうち、診療所部分の取得費は金一億一二六一万一七六八円、住宅部分の取得費は金二九八八万八二三二円である。

(2) 医療金融公庫からの借入金全額と大分銀行からの借入金の内建物取得資金に相当する金四九五〇万円は事業用資産の取得にあてられたものであるから、その借入金利息は必要経費と認められるべきである。

(五) 大分税務署長は、原告の右申告に対して、原告は措置法三七条所定の事業用資産の買換えの特例の適用を受けているから、その譲渡代金(譲渡費用を除く部分。以下同じ。)は全額事業用資産の取得にあてられたとみなすべきであり、仮に借入金で新たな事業用資産の取得をした場合であつても、譲渡代金の範囲内(本件では金四一四八万五二六四円)では、その借入金の利息は必要経費と認められないとして、本件更正処分を行つたものである。(原告は、譲渡代金のうち金二七〇〇万円については診療所部分の建築代金支払にあてたことを認めているので、結局争いは金一四四八万五二六四円についての利息を必要経費と認めるかどうかに帰着する。)。

(六) 而して、右は同法三七条の解釈を誤つたものである。即ち、同条所定の買換えの特例が適用されるためには、譲渡資産の譲渡と譲渡の日から一定期間内に事業用資産の取得があること及びその資産が事業の用に供されていることがあれば足りるのであつて、譲渡代金と買換資産取得費との間に資金的つながりがあることは右特例適用の要件ではない。このことは、買換資産の先行取得の際にも右特例が適用されることからみても明らかである。そして、同条は、事業用資産の買換えの場合には、本件のように当該譲渡にかかる収入金額が当該買換資産の取得価額以下である場合には当該譲渡にかかる資産の譲渡がなかつたものとみなす規定にすぎず、同条により譲渡代金で買換資産を取得したことまでみなされるわけではない。

従つて、譲渡代金が買換資産の取得費にあてられたか否かにかかわらず、事業用の買換資産の取得にあたつて要した借入金全額についての利息が必要経費となるべきである。

(七) よつて、これと異なる解釈を前提にしてなされた本件更正処分は違法であり、大分税務署長にはこの点について過失がある。そして、同署長も右違法を認めて本件減額再更正処分に及んだものである。

4  本件減額再更正処分の遅延の違法

(一) 昭和五七年一〇月一三、一四両日に開催された国税庁主催の西日本地区訴訟事務協議会での協議の結果、措置法三七条の従来の解釈が変更され、同条一項による特例の適用がなされた場合買換資産の取得にあてた借入金の利子を事業所得の必要経費に算入することが認められることになり、これが直ちに国税庁の統一見解となつた。

(二) 大分税務署長は、遅くても昭和五七年一〇月一四日直後ころまでに右訴訟事務協議会の結論を知りえたはずである。

(三) 本件審査請求を棄却する裁決の裁決書謄本が昭和五七年八月三日に原告に送達されたのであるから、同署長は、原告が出訴期間の終期である同年一一月三日までに本件更正処分の取消訴訟を提起する可能性があること、原告が訴えを提起すれば弁護士費用等の出損を強いられること及び訴え提起後に減額再更正処分をしても原告の右出損の回復は不可能になることを予見しえたはずである。

(四) しかも原告は本件更正処分を受けて全額納税を済ませていたのだから、大分税務署長は減額再更正処分をするとすれば速やかにしなければならなかつた。

(五) 以上のような事情の下では、大分税務署長は本件更正処分の取消訴訟の出訴期間の終期である昭和五七年一一月三日までには、前記訴訟事務協議会の統一見解に従つて減額再更正処分をすべき義務があつたというべきである。しかるに大分税務署長は右義務を怠り、原告の別件訴訟の提起後であり、しかも右出訴期間経過後の同年一一月二二日になつてはじめて本件減額再更正処分をしたものであり、本件減額再更正処分の遅延は違法といわなければならず、同署長にはこの点について過失がある。

5  被告の責任

(一) 被告は、その公務員として大分税務署長に公権力を行使する権限を付与したものである。

(二) 被告は、国家賠償法一条一項により、その公権力の行使として同署長がその職務を行うについて過失に基づいてなした本件違法行為によつて原告に加えた損害を賠償する責任がある。

6  損害

(一) 原告は、本件更正処分の取消しを求めるための異議申立て、審査請求等の諸手続をとることを余儀なくされたうえに、別件訴訟を提起するため弁護士徳田靖之に委任するのやむなきに至り、弁護士費用として金五〇万円の出損を強いられたものである。

(二) 原告は、本件更正処分に対して、主として措置法三七条の解釈をめぐつて異議の申立てや審査請求をなしたものであり、この解釈の誤りによる更正処分がなければ、ないしは速やかに減額再更正処分がなされていれば、別件訴訟の提起もありえなかつたものである。よつて、原告は、被告に対し、違法な更正処分を受けたことに対する慰籍料として金一〇万円及び前記支払済みの弁護士費用の内金四〇万円の計金五〇万円とこれに対する本件違法行為後である昭和五七年一二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1及び2の各事実は認める

2  同3(一)ないし(五)の各事実は認める

3  同3(六)及び(七)は争う。

本件更正処分は、次のとおり、適法になされたものであり、仮に違法なものであつたとしても大分税務署長には過失がない。

(一) 措置法三七条は、個人が事業用の設備等を更新する目的でその所有する固定資産等を売却し、売却代金をもつてそれにあてる場合、当該譲渡に所得税が賦課されると税負担分だけ再生産規模を縮小するか、他に資金源を求めることが必要になり、設備更新等による企業設備の合理化、企業基盤の強化拡充などに意欲がそがれることになることを慮つて、一定の要件のもとで、設備更新等のため事実用固定資産等の譲渡が行われた場合には、当該譲渡はなかつたものとし、新たに取得した資産が譲渡した資産の価額を引き継ぐことで課税の繰延べをし、買換えの円滑化を図ろうとしたものである。

右法条の趣旨に加え、同条一項が金銭の授受を伴わない贈与、交換等を「資産の譲渡」から除外していることに鑑みれば、同条は買換資産が当然その譲渡代金をもつて取得されることを前提として定められたものと解される。

従つて、本件のように実は借入金で買換資産を取得したような場合には、本来その譲渡所得につき、措置法三七条一項所定の買換えの特例は適用されないものと解するのが最もその趣旨に合致する。

しかし、金銭の高度の代替性に鑑みると、現実には借入金で買換資産を取得した場合であつても、一方において資産の譲渡が行われて代金を取得している以上、その譲渡代金をもつて買換資産を取得したものと擬制して同条所定の特例を適用するのが相当と考えられる。従つて、同条の適用にあたつては、譲渡資産の譲渡代金でもつて新たに資産を買換えたものとみなすべきであつて、譲渡代金のすべて又は一部を買換資産の取得にあてずに借入金で取得した場合、その借入金の利息を必要経費に算入するということは制度上整合性を欠くことになるといわねばならない。

(二) そこで大分税務署長は、措置法三七条の趣旨にのつとり、譲渡代金は全額本件建物取得資金に利用されたものとし、別表(六)のとおり本件建物の取得資金の使途を認定した。

(三) 右認定に基づき、同署長は借入金に係る支払利息のうち、同表中「残額」欄の金一四四八万五二六四円に係る支払利息の額は必要経費にあたらないとして否認し、さらに本件建物のうち原告の居宅部分に該当する部分は事業用ではないから、居宅部分の建築資金二九八八万八二三二円に対応する借入金の支払利息も必要経費に算入できないとして、これらの否認事項をもとに別表(三)のとおり本件更正処分をした。

(四) 前記のような措置法三七条の解釈運用に基づいてなされた本件更正処分が、異議申立てに対する異議決定においてはもちろん、審査請求に対する独立の審判機関である国税不服審判所長の裁決においても是認されたのであるから、本件更正処分が適法であつたことは明らかである。

(五) なお、大分税務署長が本件減額再更正処分をしたのは、本件更正処分が違法であると認めたからではなく、同署長において措置法三七条の解釈運用について国税庁等とも協議をしたところ、同条は譲渡代金はまず買換資産の取得資金にあてられたものとみなすと解釈すべきであるが、買換資産を借入金によつて取得したとしても、譲渡代金が事業用に供されている場合は、借入金も事業の用に供されたものと解釈する余地があるとの結論に達し、そうであるならば、本件においては譲渡代金のうち事業用資金として金一四四八万五二六四円が使われた旨の修正申告が存するから、本件更正処分において、「残額」として認定した右金一四四八万五二六四円(別表(六)参照)に対応する借入金も事業の用に供されたものとして右金額に係る支払利息を必要経費として認定できるのではないかと解釈し、納税者の利益のためにあえて本件減額再更正処分に踏み切つたものであり、何ら責められるいわれは存しない。

なお、本件減額再更正処分は、右金一四四八万五二六四円に対応する借入金の利息を必要経費として認める限度においてなされたものであつて、本件建物のうち原告の居宅に該当する部分の取得費二九八八万八二三二円に対応する借入金の利息の経費性を否認する点においては、本件更正処分は維持されているものである。

(六) (大分税務署長の過失の不存在について)

行政処分は法令に適合して行われなければならず、当該処分にあたる公務員は関係法規の解釈を誤らないことを要するのは勿論であるが、行政法規の解釈は必ずしも単純明白であるとは限らず多様にわたる場合もありうるから、当該公務員が職務上要求される通常の法律知識に基づき正当と信じる解釈に従つて処分をなしたときは、たとえ事後において行政解釈の変更により、最終的には裁判所の判断により、その処分が違法とされたとしても、そのことから直ちに当該公務員に故意又は過失であつたとすることはできないというべきである。

本件は、本来厳格に解釈適用すべき措置法が規定する課税の特例に関する事例であるところ、同法三七条の解釈適用は一義的でなく、高度の専門的知識をもつてしても容易には結論に到達しえない複雑困難な問題を抱えていたため、特に国税庁長官が通達によつてその解釈適用を示したのであるが、これは右課税の特例の趣旨に即して厳格に解釈したものであつて相当であり、これに依拠して行われた本件更正処分もまた相当であるというべきである。このような状況下で、独立の審判機関である国税不服審判所長が本件更正処分を是認した事実をも考え併せると、仮に本件更正処分に違法があつとたとしても、本件更正処分が大分税務署長の故意によらなかつたことはもとより、過失すなわち本件更正処分の違法を認識しなかつたことに職務上要求される注意義務の懈怠があつたとは到底いえない。

6  請求原因4のうち(一)の事実は認める。但し、西日本地区訴訟事務協議会における結論が直ちに国税庁の統一見解になるわけではない。

7  同4(二)の事実は否認する。

8  同4(三)及び(四)の事実は認める。

9  同4(五)は争う。

右のとおり、西日本地区訴訟事務協議会における解釈の変更は、単に訴訟事務担当者の見解にすぎないのであつて、国税庁の統一見解になつたわけではない。従つて従前の通達における解釈の変更は右協議会の結果いかんによつて直ちに行われるものではなく、そのためにはさらに国税庁内部において右協議会における結論が妥当なものであるか否かの検討を要するのである。

本件においては、右協議会の結論を契機として、直ちにこれを国税庁の統一見解とする方向で検討を開始するとともに、これと併せて国税庁の統一見解となつた段階で直ちに再更正処分を指示する通達を発しうるように大分税務署を管轄する熊本国税局において起案に着手した結果、右協議会から約四〇日後に本件減額再更正処分がなされることになつたのである。右国税庁内部における検討期間、その結果を熊本国税局に指示するのに要する期間、本件減額再更正処分を指示する通達を同局において起案するのに要する期間、決裁等の事務手続に要する期間に、国税庁、熊本国税局及び大分税務署においては大量の税務案件を処理していたことも併せ考えると、本件減額再更正処分を行うのに右の程度の期間を要したとしても不合理ではないというべきである。

以上のとおり、国税庁あるいは大分税務署長が本件減額再更正処分を殊更遅延させた事実はなく、従つて、本件減額再更正処分には遅延の違法はない。

10  請求原因5の(一)は認め(二)は争う。

11  同6(一)のうち原告が異議申立て及び審査請求を行つたこと並びに別件訴訟を提起し、右訴訟の訴訟代理人が徳田靖之弁護士であつたことは認めるが、その余は不知又は争う。

12  同6(二)は否認する。

大分税務署長は、原告が別件訴訟を提起した後に本件減額再更正処分をしたのであるが、原告はこれに対して右減額再更正処分をした部分について訴えを一部取下げしたのみで、大分税務署長が非事業用であると認定した本件建物のうちの居住用住宅部分についてはその大部分が医療業務に必要な事業用部分であるからその取得価額二九八八万八二三二円に対応する借入金の支払利息も必要経費に該当するとしてなお本件更正処分の取消しを求める訴えを維持した。

以上のとおり、原告が本件更正処分を不服として異議申立て、審査請求を経たうえ別件訴訟を提起したのは原告が主張するように大分税務署長が措置法三七条の解釈を誤つて前記金一四四八万五二六四円に係る借入金の支払利息を必要経費と認めなかつたことだけによるものではなく、本件建物の居住部分の建築資金二九八八万八二三二円の借入利息が必要経費と認められなかつたことにもよるものであり、結局原告主張の本件更正処分の違法ないしは本件減額再更正処分の遅延の違法と原告主張の損害との間には因果関係は存しないというべきである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  まず、本件についての事実関係を確定する。

1  請求原因1、2、3(一)ないし(五)、4(一)(但し、西日本訴訟事務協議会の結論が直ちに国税庁の統一見解となつたことを除く。)、4(三)、(四)及び5(一)の各事実は当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない乙第一ないし第一〇、第一七、第二一及び第二五ないし第二七号証、証人山本輝男及び同松村敏子の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件更正処分当時、措置法三七条の解釈問題として、事業用資産の買換えにあたり、買換資産を譲渡資産の譲渡代金で取得せず、借入金で取得した場合に、この借入金の利息を必要経費として認めるか否かの取扱いについては、次の三説が存在していた。

(1) 甲説

措置法三七条の規定を適用したときは、買換資産の取得に要した借入金の利息は、当該事業に係る所得の金額の計算上必要経費に算入しない。また、当該利息を必要経費に算入したときは同条の適用を認めない。

(2) 乙説

事業用資産の買換えが措置法三七条所定の要件をみたすときは同条の適用を認め、当該利息が所得税法三七条所定の必要経費に該当するときは、措置法三七条の適用を受けたと否とを問わず当該事業に係る所得の金額の計算上必要経費に算入する。

(3) 丙説

原則として甲説によるが、措置法三七条の適用を受けた場合においても次に掲げる利息については、次の定めるところにより必要経費に算入する。

(イ) 買換資産の取得から譲渡資産の譲渡までの期間に対応する利息は、当該事業に係る所得の金額の計算上必要経費に算入する。

(ロ) 譲渡代金を事業または業務等の用に供したときはその金額と当該借入金のいずれか少ない金額に対応する利息相当額は、その事業または業務等に係る所得の金額の計算上必要経費に算入する。

(二)  措置法三七条の右解釈問題については、昭和四三年に、名古屋国税局長からの上申に対して国税庁長官により、「(事業用資産の買換えの特例の適用とその資産を借入金で取得した場合の利息の取扱いについて)標題のことについては、甲説により取扱うこととされたい。

(趣旨)

事業用資産の買換えの特例の規定の適用上、資産の譲渡代金と買換資産の資金とのひも付き関係は必ずしも明らかでないのが通常であるから、本件の場合についても譲渡代金をもつて買換資産を取得したものとしてその適用を認めるとするのが相当であるが、譲渡代金で買換資産を取得したとみるかぎりにおいては、当該譲渡代金に相当する金額の借入金の利息を不動産所得の計算上必要経費に算入しないのは当然である。」旨の指示がなされており、その後同趣旨の通達が出されていた。

(三)  大分税務署長は、右通達の存在や東京地方裁判所昭和五一年二月二五日判決(税務訴訟資料八七号五〇六頁)の理由中に、「旧措置法三八条の六(現三七条)の規定は、設備等の更新による産業設備の合理化及び近代化、工場移転による産業立地の改善等を図る政策目的をもつて設けられたものであつて、事業用資産を売却し、その受けた対価で代替のための資産を積極的に取得した場合を予定した制度といわなければならない。」と判示されていることを斟酌して、前記甲説に従つて、前示(当事者間に争いのない請求原因3(五))のとおりの解釈の下に、被告主張のとおり、借入金のうち金一四四八万五二六四円についての利息の経費性を否認し、また本件建物のうち原告の居宅部分の取得費金二九八八万八二三二円に対応する借入金の利息の経費性も否認して、本件更正処分をした。

(四)  その後、昭和五六年になつて、固定資産取得の場合の借入金利息についての緩和通達、即ち、借入金によつて取得した固定資産の譲渡につき措置法三七条所定の特例の適用を受ける場合には、その借入金に対する譲渡の日から買換資産の取得の日までの期間に対応する部分の利子を買換資産の所得に要した金額に算入することができる旨などの通達が出されたことが契機となり、本件のような場合についても借入金利息を必要経費と認めることに関してある程度緩和する余地があるのではないかということで、熊本国税局から、昭和五七年一〇月一三、一四両日開催された西日本地区訴訟事務協議会の席上、この点についての提案がなされた。

(五)  右協議会における協議の結果、一部に反対はあつたものの、大勢としては、譲渡代金を事業用に使つて買換資産を借入金で取得した場合と譲渡代金を買換資産の取得にあてて事業用資金を借り入れた場合とでは結果的に同じになるという理由で、前示(当事者間に争いのない請求原因4(一)、但し、右協議会の結論が直ちに国税庁の統一見解となつたとする部分は除く。)のとおり、前記甲説から丙説に解釈を変更する旨の結論が出された。

(六)  その直後、熊本国税局では本件更正処分の一部を減額する旨の大分税務署長に対する通達の起案に着手したが、右起案を完成する前の同月二六日に前示(当事者間に争いのない請求原因2(一))のとおり、原告から大分税務署長を被告として別件訴訟が提起された。このため、熊本国税局において、減額再更正処分を右訴訟との関連でどのようにするかということを国税庁と協議したところ、納税者の救済をはかるのが先決ということになり、減額再更正処分をする旨の通達を大分税務署長宛に出して、前示(当事者間に争いのない請求原因2(二))のとおり同年一一月二二日付で、大分税務署長において、被告主張のとおり、金一四四八万五二六四円に対応する借入金の利息を必要経費として認める限度で本件更正処分を改める内容の本件減額再更正処分をした。以上の事実関係に基づき、以下検討する。

二  本件更正処分の違法について

1  ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し、そのうちの一つの見解によるべき旨の通達が出されている場合に、公務員がその通達に示された見解に依拠して処分をしたときには、その通達に示された見解に相当の根拠がある限り、後に別の通達等によつて法律解釈を変更し、他の見解をとるべき旨の取扱いがなされるに至つたとしても当該処分の行政処分としての効力はともかく、少なくともこれをもつて国家賠償法一条所定の帰責原因としての違法な公権力の行使にあたると断ずることはできないと解すべきである。

2  これを本件についてみるに、本件更正処分当時、事業用資産の買換えにあたり、買換資産を譲渡資産の譲渡代金で取得せず、借入金で取得した場合に、その借入金の利息を必要経費と認めるか否かに関する措置法三七条の解釈運用については、前示の甲、乙、丙の三説が存在していたが、国税庁長官により、右三説のうち甲説によるべき旨の通達が出されており、大分税務署長は右通達に示された甲説に依拠して本件更正処分をしたものである。

そこで、右甲説に相当の根拠があるか否かについて検討するに、甲説は、措置法三七条所定の特例を適用したときは、借入金で買換資産を取得した場合であつても譲渡資産の譲渡代金でもつて買換資産を取得したものとみなすことを前提にするものであるところ、右特例は、設備等の更新による産業設備の合理化及び近代化、工場移転による産業立地の改善等を図る政策目的をもつて設けられたものであつて、事業用資産を売却し、その受けた対価で代替のための資産を取得した場合を予定した制度と解される(この点については前示東京地方裁判所昭和五一年二月二五日判決も判示するところである。)のであるから、右前提自体については、一応相当な根拠が存するものといわなければならない。そして、この前提に基づき、譲渡代金で買換資産を取得したものとみなす以上、買換資産の取得にあてられたとみなされる譲渡代金と同額の借入金は事業用の買換資産の取得にあてられなかつたことになるのであるから、その借入金の利息を必要経費に算入しないと解することにも一応相当な根拠があるといわなければならない。

もつとも、借入金で買換資産を取得し、譲渡代金を他の事業用資金にあてた場合には、譲渡代金を買換資産の取得にあてて事業資金を借り入れた場合と結果的に同じになるとも考えられるので、丙説のごとく、事業用資金にあてた額(又は当該借入金のいずれか少ない額)に対応する利息相当額を必要経費に算入すると解釈するのが合理的といえないでもないが、この場合でも現実に事業用資金にあてられたのは譲渡代金であり、譲渡代金からは利息は発生しないのであるし、税務行政における画一処理の要請を考慮するならば、丙説のような解釈をとらないことが不合理であるとまではいえない。

3  以上の諸点に加え、西日本地区訴訟事務協議会において甲説から丙説に解釈が変更されたのは、昭和五六年の固定資産取得の場合の借入金利息についての緩和通達が契機となり、本件のような場合にも借入金利息を必要経費と認めることに関して緩和する余地があるということに基づいてなされたものであり、必ずしも甲説が誤つた解釈であつたことを認めてなされたものではないこと(丙説は甲説と根本的に相反するものではなく、むしろ甲説による運用を一部緩和する内容のものである。)を併せ考えれは、本件更正処分が国家賠償法一条所定の帰責原因としての違法な公権力の行使にあたると断ずることはできないというほかはない。

三  本件減額再更正処分の遅延の違法について

1  原告は、別件訴訟の出訴期間の終期である昭和五七年一一月三日までに大分税務署長が本件減額再更正処分をしなかつたのは違法である旨主張する(もつとも、原告主張の損害は別件訴訟を提起したことにより弁護士費用の出損を強いられたというものであるから、原告が別件訴訟を提起した同年一〇月二六日までに本件減額再更正処分をしなかつたことが右損害と因果関係のありうる違法ということにならさるをえない。)が本件のように一定の事項につき通達において示された法令解釈についての見解に基づいて更正処分がなされた後国税庁内部でその事項につき法令解釈の変更がなされた場合に、税務署長がその変更後の新しい法令解釈に基づいて再更正処分をすべき義務があるとしても、西日本地区訴訟事務協議会における前記法令解釈の変更に基づいて大分税務署長が本件減額再更正処分をするためには、内部的な手続として、右協議会の結論を正式に国税庁の統一見解とするために国税庁内部において改めて検討することや、この国税庁の正式見解を熊本国税局に指示し、さらに熊本国税局から大分税務署長宛に本件減額再更正処分を指示する旨の通達の起案を行うことなどの手続を踏むことが必要である(この点は弁論の全趣旨により認める。)ところ、これらの手続を踏むのに通常要する期間は、右協議会の終了した昭和五七年一〇月一四日から原告が別件訴訟を提起した同月二六日又は右訴訟の出訴期間の終期である同年一一月三日までの一二日間ないし一九日間を下らないとみるのが相当であるから、大分税務署長には同年一〇月二六日又は同年一一月三日ころまでに本件減額再更正処分をすべき義務があつたとはいえない。

2  してみると、原告の主張はその前提を欠き失当というほかはない。

四  以上のとおりであつて、本件更正処分も本件減額再更正処分の遅延も違法とはいえないのであるから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴訟請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴田和夫 裁判官 岡部喜代子 裁判官 本多俊雄)

別表(一)

〈省略〉

(注) △印は、還付金の額に相当する税額を示す。単位円。

別表(二)

〈省略〉

(注) △印は、特別減税額で負数を示す。単位円。以下同じ。

別表(三)

〈省略〉

別表(四)

〈省略〉

〈省略〉

別表(五)

〈省略〉

別表(六)

〈省略〉

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